静謐の聖語板に見出してきたこと
有明キャンパス正門、武蔵野キャンパス正門・北門に設置されている「聖語板」を覚えていますか?
先人のことばを月替わりに掲示しています。
在学時、何気なく見過ごした言葉、瞬時に腑に落ちた言葉、場面を具体的にイメージできる一文、また、思わずその意味を自身に問い掛けた経験はありませんか。
そして、1カ月間、朝に夕に目にすることで、じっくりと心に沁みこんでくる言葉がありませんでしたか?
今も変わらず、「聖語板」は学生に、教職員に、大学を訪れる人に静かに語りかけています。
6月の聖語
「私のものさしで 問うのではなく 私のものさしを 問うのです
」
今月は作者不明の名もなき名言、法話でしばしば耳にする言葉です。
普段、無意識のうちに「私のものさし」で物事をはかっていることがありませんか?「有名だから偉い」「高いものはよいもの」など。しかし、さほど有名ではなくても立派な人物は大勢いますし、安くてよいものは山ほどあります。
「私のものさし」は今までの経験などから作り上げられたものですが、そのものさしは本当に正しいのでしょうか。その目盛りは何をはかっても正確とは限りません。また、他者のものさしと異なった場合、その違いを歯がゆく感じることもあります。
ここでいう「ものさし」を「価値観」と置き換えるとどうでしょう。思わずはっとさせられるものがあります。
今日、社会環境の変化により価値観は多様化しています。そんな中で身分や地位に関係なく、自分の価値観を常に問い直す姿勢は、自分を成長させていく上で大切になっていくのだと思います。
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