文=菅野浩二(ナウヒア) 写真=本人提供
近藤翔真(こんどう・しょうま)さん|ジブラルタ生命保険株式会社勤務
山梨県昭和町出身。2019年3月、武蔵野大学グローバル・コミュニケーション学部グローバル・コミュニケーション学科を卒業。1年次に学生ボランティア団体の「Connect(コネクト)」を立ち上げ、代表も務めた。グローバル・シチズンシップゼミで教わった藤本俊明先生が話した「迷った時は、面倒くさい方を選べ」という言葉を胸に刻み、「手間がかかるほうを選んでみたら、その先には大きなものがあるかもしれないという視点を常に持っていたい」と考えている。大学卒業後から長崎県に住み、「ずっと暮らし続けたい」と言う。
まだ1年生の秋、学生ボランティア団体を立ち上げる
入学当初だったから、まだ知り合いがいない。毎日のように図書館に通い詰め、その一角でひとり新聞を読む日々を過ごしていると、だんだんと人が集まり、言葉を交わすようになった。同じグローバル・コミュニケーション学科の友人もできた。あのとき、図書館に足しげく通ったからこそ、武蔵野大学での4年間は充実したのだと感じている。
2019年3月に卒業した近藤翔真さんは、とりわけ1年生のときに知り合った友人たちと切磋琢磨した。1年次の夏には学外学修プログラムのフィールド・スタディーズでカンボジアを訪問。いわく「カンボジアの学生たちは夏休みで授業がないにもかかわらず、学生がみんな大学に来ていて、『あんなこともしたい』『こんなこともしたい』という熱気にあふれていました」。その姿に刺激を受けた近藤さんは、同じくフィールド・スタディーズを経験した友人たちと、いつしか「学生である自分たちは社会に対して何ができるか」を語り合うようになっていた。
「武蔵野キャンパスの学生ホールやグリーンホールでよく話し込み、友人たちの熱量に圧倒されるほどでした。フィールド・スタディーズのあとにラオスに行った友人がいたのですが、そこでストリートチルドレンなどの社会問題を目の当たりにしたそうです。彼が日本に帰ってきたときに、子どもたちが将来に希望を持てるような世の中にしていきたいと言っていて、その言葉にみんなも共感しました」
自分たちなりに世界をよりよくしたい。社会貢献への思いを強くした近藤さんたちはまだ1年生の秋、たった6人で学生ボランティア団体の「Connect(コネクト)」を立ち上げた。名前には「たくさんの人とつながりたい」という願いを込めた。
視野を広く持てる場所を探し、武蔵野大学の存在を知った
2015年の設立直後、武蔵野キャンパス近くの児童養護施設を訪れたり、渋谷区の清掃活動に参加したりしていた「Connect」は結成から約半年後の2016年4月、熊本地震が発生し、その活動の幅を一気に日本列島に広げた。近藤さんは振り返る。
「同じ学科に熊本出身の学生がいたのですが、地元が被災したということで、とても心配していました。その様子を見ていて、自分たちにもできることがあるのではないかと思い、武蔵野キャンパスや有明キャンパスのある国際展示場駅で募金活動をしました。それから、実際に熊本に足を運び、被災農家の復旧作業のお手伝いもしてきました」
そもそも、高校時代の近藤さんは自宅と学校の往復だけで毎日が終わる自分の生活にもどかしさを感じていた。早くから社会情勢に興味関心を抱く一方、自分は本やインターネットからの情報を得るだけにとどまっていると気づき、「自分の目で見て、自分で体験して社会の物事を考え、行動できるようになりたい」と考えていた。高校2年次にオーストラリアのアデレードでホームステイを経験したこともあり、社会に関わり合いながら視野を広く持てる場所を探しているなかで武蔵野大学の存在を知った。
「大学選びでは武蔵野大学のグローバル・コミュニケーション学部グローバル・コミュニケーション学科が第一志望でした。何より国際的な視点で異文化コミュニケーションを学べる環境が理想的でしたし、大学の外に飛び出して地域や世界が直面する課題に向き合う体験型の『フィールド・スタディーズ』や、全学部横断型の『武蔵野BASIS』(現在の「武蔵野INITIAL」)を1年次のうちに経験できる点も魅力に感じました。大学案内の表紙に書かれた『進化し続ける力』という言葉が、高校生の自分の心に響いたこともよく覚えています」
実際、武蔵野大学では希望どおり、社会に関わり地球規模の視点を持つことができた。自分たちが立ち上げた「Connect」の活動はむろん──3年次の2016年秋には国際奉仕団体である「キワニスクラブ」の学生部門「サークルK」への入会が認められた──全国大学生活協同組合連合会が立ち上げた「Peace Now!」という活動に関わり、広島、長崎、沖縄への平和研修へも参加。学部横断型のサブ・メジャーゼミである「グローバル・シチズンシップゼミ」ではカンボジアでのインターンシップやキューバへのスタディツアーを経験するなど、日本列島はもとより、国境を超えて学びを深められた。
「武蔵野大学は無限の可能性がある大学だと伝えたい」
2019年3月15日、卒業式では目頭が熱くなった。近藤さんは熱っぽく話す。
「卒業式では偶然にも最前列に席をいただきましたが、当時の学院長だった田中教照先生の祝辞の『無条件の愛に支えられている自分であるということを忘れずに、どうか皆さんの仕事が人々を愛する仕事、無限に人を愛していく仕事になりますように』という言葉に胸が熱くなりました。それから、西本照真学長が式辞で言われた『自分は無限とつながっているのだと考え、無限を力にして生きていけばいいのです』という言葉を、今でもふとした瞬間に思い出します」
現在は外資系企業であるジブラルタ生命保険株式会社の長崎本社で支払検証の業務にあたるかたわら、社会貢献にも励む。コロナ禍が落ち着いたとはいえ、まだ感染症のおそれが消えない最近は、会社で呼びかけ約6,000枚のマスクを集めて長崎県庁へ寄付。仕事終わりには長崎市役所で外国人向けに日本語講座を行う日々を過ごす。「Connect」やゼミで培った社会貢献への思いに加え、武蔵野大学でふれた仏教的な教えが自分の生き方に大きく影響していると感じている。近藤さんは言う。
「仏教精神を根幹にしている武蔵野大学での4年間は、自分の人生にとってかけがえのないものでした。実際、私自身の学びの選択肢も広がりましたし、受験を検討している人には、武蔵野大学は無限の可能性がある大学だと伝えたいです。武蔵野大学は以前から地方創生にも力を入れていたので、長崎県からもどんどん進学してほしいですね。武蔵野大学の卒業生たちがこの先の日本や世界をより良い場所へ変えていくのだろうと思うと、胸がわくわくします」
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※記事中の肩書きは取材当時のものです。また、学校名は卒業当時の名称です。
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