武蔵野マガジン

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だから、地球規模で支える人に|菊地里帆子さん

文=菅野浩二(ナウヒア) 写真=本人提供、鷹羽康博

菊地里帆子(きくち・りほこ)さん|公益財団法人日本財団 特定事業部
宮城県名取市出身。宮城県仙台二華中学校・高等学校で学んだあと、2023年3月に武蔵野大学のグローバル学部グローバルコミュニケーション学科を卒業。大学1年次からの3年間、仙台ユネスコ協会の副代表とイタリア担当を兼任。大学2年次から卒業までは、大手人材・広告企業でアルバイトをし、学生向けのウェブメディアの運営に携わった。小学5年生から東日本大震災の経験を伝える執筆活動や講演活動を続けている。日本語、英語、中国語、タイ語の4カ国語でコミュニケーションがとれる。

「人とのつながりを意識した一番のきっかけは、震災だった」

宮城県名取市で生まれ育った 宮城県名取市で生まれ育った

2011年3月11日、15時を迎えるころに生まれ故郷に悲惨な光景が広がった。のちに東日本大震災と呼ばれる地震によって、宮城県名取市は大津波に襲われた。

閖上(ゆりあげ)小学校5年生の菊地里帆子さんは津波が高く打ちつける校舎で、3つ年下の弟の清史さんと一緒に不安に包まれたまま夜を明かした。両親とは翌日の夕方にようやく会うことができた。

自宅は波にのみ込まれ、身近な人たちが亡くなった。名取市内だけでおよそ1000人にのぼる犠牲者が出た未曾有の災害にあって、真っ先に手を差し伸べてくれたのが日本財団だった。子ども支援や障害者支援、災害復興支援などを行う公益財団法人の名は、その活動とともに少女の心にしっかりと刻まれた。だから、武蔵野大学を卒業後、日本財団を働く場所に選んだ。

菊地さんは「誰かを支えたいとか、被災の話を広く伝えたいとか、人とのつながりを意識した一番のきっかけは、震災だったと思います」と話し、続ける。

「日本財団を含めいろいろな人たちや団体に助けてもらったので、なるべく早く社会に恩返しをしたい思いが湧きました。それから、海外からいろんなメッセージや支援物資が届いていたんですけど、そもそもそれぞれの言語が読めないので、なんと書いてあるかがわからないし、お礼も言えないことに小学生ながらにショックを覚えたんです。震災は世界に目を向けるきっかけにもなりました」

マウンドから見た光景が忘れられない マウンドから見た光景が忘れられない

中学1年生のとき、世界を見る機会に恵まれた。日本の観光庁と日本政府観光局の手引きによりアメリカに招かれ、「東北・北関東インバウンド観光プロモーション」に参加。2012年7月1日、メジャーリーグベースボールのロサンゼルス・ドジャースの本拠地であるドジャー・スタジアムで弟とともに始球式を行った。菊地さんの目が輝く。

「マウンドから見た観客席の『人種のサラダボウル感』はかなり印象的でした。生まれて初めての海外旅行だったんですが、いずれ国際的な仕事をしてみたいという気持ちが強まった出来事だったと感じています」

アメリカ訪問から2年、「なるべく早く社会に恩返しをしたい思い」を果たす。

中学3年生のとき、「誰かを支えたい」という思いを早くも具現化してみせた。友人たちと、東日本大震災で被災し、仮設住宅などで過ごす子どもたちが勉強したり遊んだりできる場を提供している。それから約1年、高校1年次の2015年3月には、仙台市で行われた国連防災世界会議でレセプションスピーチを担当。被災体験をもとに防災の重要性を訴えた。

「小人数制の授業が多く、面倒見がよい大学だと思った」

そうして早くから社会に関わってきた自らの経験を生かすべく、大学選びに際しても「世界を見据えた社会貢献」という視点を持っていた。高校卒業後の進路を探すうちに、武蔵野大学のグローバル学部グローバルコミュニケーション学科の存在を知る。特に「全員留学」の環境に目を引かれたという。菊地さんは振り返る。

「英語と中国語を学べる点に魅力を感じました。アメリカに必ず留学できるので、国際性も身につくだろうという期待もありました。それから、ホームページを見ていて、小人数制の授業が多く、先生方や学務課、進路指導課と学生の距離が近くて面倒見がよい大学だと思ったので、ここならいずれグローバルな舞台で社会に役立てる力が身につくだろうと考えました」

大学2年次にはプログラムの一環としてアメリカのノーザン・イリノイ大学に留学。イリノイ州のデカルブという町の一般家庭にホームステイをしながら、ELS国際課程で約半年間学び、英語力を磨いた。同時にアメリカで活躍する日本人の価値観にふれたいと思い、南カリフォルニア日米協会に所属した。2019年6月にはロサンゼルスで行われた式典にも参加し、野球選手の大谷翔平さんと、片づけコンサルタントの「こんまり」こと近藤麻理恵さんが国際市民賞を受賞する場面を目撃している。ロサンゼルスではほかにもアメリカで活躍する多くの日本人と出会い、大きな刺激を受けたという。

並行して取り組んだ中国語は2年次に一定のレベルに達したと感じると、大学の国際課の勧めもあって「2019日本青少年代表団」に参加した。2019年12月に北京に4泊5日で滞在し、中国人の学生と交流したり、若者の起業関連施設を見学したりした。今後、国際社会で活躍するにあたり、経済発展の著しい中国の動向を把握することが必須だと実感した菊地さんは2020年の秋、内閣府青年国際交流事業である日本・中国青年親善交流事業「日中代表ユースフォーラム」でも活動している。このプロジェクトを通じて、日中関係について討論できる友人たちがたくさんできた。

ただし、そのころ菊地さんはもどかしさを感じていた。

大学2年生が終わりに近づいた2020年1月ごろから、新型コロナウイルス感染症が世界的に流行していた。対面授業は行わず、課題やレポートなどによる授業の代替対応とオンライン授業を併用する大学生活が続いていた。「日中代表ユースフォーラム」も対面ではなく、オンラインで討論会などが行われた。未知の感染症により大学だけでなく社会全体が停滞するなか、菊地さんは一つの決断を下す。

「世の中が動いていないなかで、自分だけ社会的に動くことは難しいと感じたので、3年生が終わってから大学を一年間休学して、いったん自分の力を整理する期間にしようと思いました。休学中は語学学習にも重点を置いて、中国語を英語で勉強する、英語を中国語で勉強するといった方法で、両方の力を伸ばしました。震災時に手紙をくれたタイの友人と、きちんとやりとりしたいと思って、タイ語も学びました」

戦禍にあるウクライナを紹介するパンフレットを制作

ウクライナを紹介する冊子をつくったメンバーたち。右から2人目が菊地さん ウクライナを紹介する冊子をつくったメンバーたち。右から2人目が菊地さん

復学した4年次にはウクライナ人学生と出会っている。リリア・モルスカさんは戦禍にあるウクライナからの避難民で、2022年9月に武蔵野大学から受入証が授与された。留学生のサポート活動にも取り組んでいた菊地さんに国際課から声がかかり、リリアさんの日本での生活を支えることになった。

スチューデントキャリアアドバイザーとして就職活動に励む後輩たちに助言を伝えたり、就活に役立つウェブメディアを立ち上げて記事を書いたりする傍ら、リリアさんの母国についてもっと知ってもらおうというプロジェクトを進めることにした。菊地さんが説明する。

「市販のガイドブックだと、ロシアのものに少しだけウクライナの情報が掲載されている感じで、ウクライナのことをもっと発信したいと考えました。リリアさんと、彼女をサポートする日本人の3人で協力し、ウクライナの基本的な情報はもちろん、歴史や行事、食事や音楽、国を代表するアーティストやスポーツ選手、それから観光地などを紹介するパンフレットを半年くらいかけて制作しました」

日本財団では日本研究事業を担当 日本財団では日本研究事業を担当

ウクライナを含め、大学時代から意識的に世界を見てきた菊地さんは、2023年4月から日本財団で働く。人種や国境を超え、多様な立場の人々と連携して国際協力事業を行う公益財団法人にあって特定事業部に在籍。日本に関する研究に努める海外の学生のために助成金を出す日本研究事業を担当する。この事業の根底には、日本について広く正しく伝えてもらうことが日本の発展と健全な外交に役立つという考え方がある。入職直後から海外出張を多く経験しており、半年あまりでイギリス、ノルウェー、フィンランド、ポーランド、フィリピンなどを訪れた。

就職活動時、日本財団での面接では「12年越しで恩を返しにきました」と伝えた。東日本大震災のとき、いの一番に支援してくれたことへの感謝をずっと忘れないでいたからだ。今はできるだけ多くの場面で日本財団の力になりたい。菊地さんは言う。

「ウクライナ支援室にも興味がありますし、今はないんですけれど、中国事業にも関われたらという思いがあります。財団内で人材を紹介するポータルサイトを立ち上げたり、日本財団が誰でも頼っていい場所だと知ってもらう広報活動の一翼を担えたりできたらとも思っています。それから、震災の経験を伝える朗読活動や文筆活動も日本財団のプロジェクトの一環として展開したいと考えています」

小さなころに感じた「なるべく早く社会に恩返しをしたい思い」を叶えられる場所にいる。地球規模で支える人になるべく、菊地さんは社会の痛みも希望も抱え、未来に進んでいく。

※記事中の肩書きは取材当時のものです。また、学校名は卒業当時の名称です。

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