直木賞作家・杉本苑子さんの言葉からオリンピックの意義を考える
7月14日、第165回芥川賞・直木賞が発表されました。テレビやニュースサイトで目にした方もいるかと思います。じつは本学にも直木賞ゆかりの人物がいることをご存知でしょうか。木曽三川治水の幕命を下された薩摩藩士の苦難を描いた『孤愁の岸』で、第48回直木賞を受賞した杉本苑子さんは、本学の前身となる千代田女子専門学校出身です。
歴史小説家として知られる杉本さんですが、1964年東京オリンピックについて『あすへの祈念』という文章を綴っています。かつて女子学生だった杉本さんは、神宮競技場(のちの国立競技場)の出陣学徒壮行会で、太平洋戦争のため出征していく学徒兵たちを泣きながら見送りました。時は流れ、作家となった杉本さんは同じ会場で戦後日本の復興の象徴としての、1964年東京オリンピックの開会式を目にします。
「オリンピック開会式の興奮に埋まりながら、二十年という歳月が果たした役割りの重さ、ふしぎさを私は考えた。同じ若人の祭典、同じ君が代、同じ日の丸でいながら、何という意味の違いであろうか
」
杉本さんが目にした二つの光景は、どちらも現実です。
「きょうのオリンピックはあの日につながり、あの日もきょうにつながっている。私にはそれが恐ろしい。祝福にみち、光と色彩に飾られたきょうが、いかなる明日につながるか、予想はだれにもつかないのである。私たちにあるのは、きょうをきょうの美しさのまま、なんとしてもあすへつなげなければならないとする祈りだけだ
」
1964年東京オリンピックは、「東京2020オリンピック・パラリンピック」につながっています。世界の対立と分断が深まるコロナ禍での開催で、「きょうをきょうの美しさのまま
」とは言い難い状況です。もしも杉本さんが今回の開会式を目にしたら、どんなことを想うのでしょうか。
本学でも本来なら有明キャンパスにて「2020ホストタウン・ハウス」が開催され、学内外で多くの学生がさまざまなボランティア活動に従事するはずでした。だからこそ杉本さんの言葉を心に留めて、『あすへの祈念』が大切なのだと思います。
<略歴>
1925年~2017年(大正14年~平成29年)。歴史小説家、文化功労者、文化勲章受章者。東京府東京市牛込区(現・東京都新宿区)生まれ。
『孤愁の岸』で第48回直木賞、『滝沢馬琴』で第12回吉川英治文学賞、『穢土荘厳』で第25回女流文学賞を受賞。
紫綬褒章、文化功労者、文化勲章など、数々の栄典を授与される。
91歳で没する。
<参考文献>
講談社編(2014)『東京オリンピック 文学者の見た世紀の祭典』、講談社、pp.37-39。
1964の東京オリンピックの時、私は10歳でした。あの時代に社会の中心にいた人々は、まさしくどん底から此処まで来たと言う思いで、オリンピツクを見ていたということが、杉本さんのおかげで、よく分かりました。
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