武蔵野マガジン

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「イドバタコウギ」から見えた景色|江端進一郎さん

文=菅野浩二(ナウヒア) 写真=本人提供、小黒冴夏

江端進一郎(えばた・しんいちろう)さん|株式会社CCG MANABI 企画営業職
神奈川県出身。神奈川県立藤沢清流高等学校で学び、武蔵野大学のオープンキャンパスを訪れた際、土屋忍教授の模擬授業に感銘を受けて入学を決める。2024年3月に文学部日本文学文化学科を卒業。3年次には文化祭にあたる「摩耶祭」でゼミの代表を務めている。4年次には太宰治を扱い、「太宰治『人間失格』における〈世間〉という語の導入意図」というタイトルで卒業論文を仕上げた。2024年4月から、「学校広報支援」と「学校運営支援」のサービスを展開する株式会社CCG MANABIに勤務する。

思い出深いのは学長先生との「イドバタコウギ」

自分のすぐ隣で、武蔵野大学の西本照真学長が話している。

西本学長はインド哲学と中国哲学、仏教学を専門としており、消えた仏教宗派の「三階教(さんがいきょう)」の研究者としても知られている。「生きている人を敬う思想が強く、生きとし生けるものは仏になる可能性を持っている」と考える三階教の特徴について、マイクを通してわかりやすく説明してくれている。

2023年5月の公開は江端進一郎さんにとって忘れがたい出来事だ。自分たちが立ち上げた武蔵野大学発の動画付きインターネットラジオ番組「イドバタコウギ」の第1回目の放送にこぎつけたからだ。しかも、記念すべき初回に大学の長をゲストとして迎え入れられた。

イドバタコウギのコンセプトは「ゆるくアカデミックに」というもので、各分野の専門家との雑談めいた会話を通して、楽しみながら学びを深めていく。エンターテインメント的な要素を含む教養番組と言っていい。大学が展開していた「Infinite-Linking計画推進委員会」からイドバタコウギは生まれた。卒業生と大学をつなぐ施策を考える同委員会では、文学部学部長の土屋忍教授が実行責任者を務めており、土屋教授のゼミ生だった江端さんは特技を見込まれて声をかけられたという。

「『学生が番組をつくる』というざっくりしたアイデアがあって、私は趣味で動画の編集をやっていたので土屋先生から誘われた感じです。3年生の秋ごろの話で、最初は4人でスタートしました」

第1回目を飾った西本学長の放送には実は“幻の回”が存在する。だから余計に記憶に残っている。江端さんがこう明かす。

「実は今インターネット上に上がっているものは撮り直したものなんです。1回目は運営する学生側の勉強不足や力不足もあって、学長先生とあまりうまくやりとりできませんでした。学長先生から『もう一回撮り直そう、そうしたらもっといいものができるから』とご提案があったので、『ぜひやらせてください』と2回目を撮りました。お蔵入りとなった回で三階教の概要をよく知ることができていたので、2回目は対話も含めて、それこそ『ゆるくアカデミックに』という番組が仕上がったと感じています」

町田康先生を招いた「着任直前特別収録回」で大きな手応え

卒業生と大学をつなぐ施策として学生が番組をつくる──大枠があるなかで次に決まったのは、教授を含む専門家と学生が特定の分野について近い距離感で話し合う形式だ。卒業生の学び直しに加えて、現役の大学生にとっても役立つ情報発信をしたかった。江端さんは振り返る。

「みんなで話し合って、先生方が一方的に話す構図ではなく、むしろ講義が終わったあとに学生が質問に行って先生方が親身になって答えている、という時間にしたいと考えました。意見を交わすなかで、堅苦しくなくて雑談に近いイメージには『井戸端会議』という言葉がふさわしく思えたので、それと『講義』を合わせて、より柔らかい印象を持ってもらうために『イドバタコウギ』というカタカナ表記の番組名に決まりました」

西本学長による記念すべき第1回目の放送にたどり着く前に、江端さんたちは2度の収録を経験している。文学部の講師であり、歌人で、万葉集を中心とした上代文学の研究者でもある大島武宙先生をゲストに迎えたパイロット版の第0回と、2023年4月に武蔵野大学文学部の特任教授に就任した町田康先生を招いた「着任直前特別収録回」だ。小説家として芥川龍之介賞や川端康成文学賞など多くの賞を受賞している町田先生の収録に編集として携わった江端さんは、大きな手応えを感じたと話す。

「『小説家・町田康に学ぶ創作論』というタイトルで、町田先生から主に創作の話を聞く内容だったんですが、やはり興味がある人が多かったのか、再生数がとても伸びました。私自身、日本文学文化学科で町田先生の小説創作の授業を受けていましたし、やはり第一線で活躍している人の話はおもしろいのだと実感しました。もちろん、それは町田先生に限らず、ほかの先生も同じです」

その後、江端さんは卒業するまで、「9割が知らない犯罪被害者支援の歴史」や「『1分で話せ』に学ぶ、アントレプレナーシップ学部の思想」、あるいは「【Minecraft】東京駅が〇〇に!?建物を生まれ変わらせる技法、コンバージョンとは?」など、15本ほどの番組制作に尽力した。多様な分野の知見にふれ、教養の幅が広がる感覚は思わぬ収穫だったという。

  • 番組にはアントレプレナーシップ学部長の伊藤羊一先生(前列中央)も出演

    番組にはアントレプレナーシップ学部長の伊藤羊一先生(前列中央)も出演

  • イドバタコウギの制作にはさまざまな立場から関わった

    イドバタコウギの制作にはさまざまな立場から関わった

  • パーソナリティーも務めた

    パーソナリティーも務めた

「いつかは社会人として武蔵野大学の魅力発信に関わりたい」

動画編集の腕を買われて関わり始めたイドバタコウギだが、最終的には企画立案や台本の作成のほか、撮影やパーソナリティーなど、幅広い役割を務め上げた。大学4年間で受講した小説創作や文学研究、あるいは映像表現の講義と相まって、表現力が伸びた実感がある。

ゼロから立ち上げ、さまざまな立場で番組を生み出し続けたからこそ、見えた景色がある。「多様な分野の知見にふれ、教養の幅が広がる感覚」はめぐりめぐって大学の魅力発信につながっていく。江端さんは言う。

「武蔵野大学に限らず、どの大学でも、おもしろい教授がおもしろい学問を追究しているはずだと思いました。そうした知的好奇心を刺激する学識は大学のなかでとどまっているべきではないし、もっと陽の当たる場所に出てきていい。一般にはまだ知られていない情報を広く届けることで、その大学を志望する受験生も増えるはずです。ですから、イドバタコウギの経験が生かせる仕事に就きたいと思って就職活動を進めました」

2024年4月から働く株式会社CCG MANABIは「学校広報支援」と「学校運営支援」のサービスを展開している。学生募集をメインとした広報支援から、よりよい学校づくりをめざす運営支援まで幅広く対応する会社の業務は、江端さんにとってまさにイドバタコウギの延長線上にある。実際、面接でもイドバタコウギでの経験を存分に伝えたという。

「まだ入社して数カ月なので学ぶことだらけです」とかしこまる江端さんはCCG MANABIの営業部員の業務の一環として、時折武蔵野大学を訪れる。タイミングが合えばイドバタコウギの収録も見学する。かつての居場所で、あらためて情報発信の重要性を感じる社会人一年生の夢はふくらむ。

「さまざまな大学のまだ掘り起こされていない特色に焦点を当てて広報活動のサポートをしていけたらと思っています。その際はイドバタコウギで培ったコンテンツをつくる力やアイデア力を役立てたいですし、いつかは社会人として武蔵野大学の魅力発信に関わりたいです」

※記事中の肩書きは取材当時のものです。また、学校名は卒業当時の名称です。

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