文=菅野浩二(ナウヒア) 写真=本人提供、鷹羽康博
長田千弘(おさだ・ちひろ)さん|株式会社NewsPicks Studios テクニカルディレクター
東京都出身。工学院大学附属中学校・高等学校で学んだあと、2024年3月に武蔵野大学文学部の日本文学文化学科を卒業。大学時代で印象に残っている学びの一つは4年次の発展フィールド・スタディーズで、秋田県鹿角市で燻製づくりに携わった。その際に提案した「燻りラムレーズン」は2024年3月18日から一般販売されている。趣味は燻製づくりで、お勧めはしょうゆやオリーブ、アイスクリームの燻製だという。自ら起業する夢を抱く。
「『人の心を動かす』という体験がいくつもできたのは大きかった」
「最初はどん底でした」と打ち明ける。めざしていたのは国公立大学の理系学部だったからだ。ところが、第一志望にも第二志望にも第三志望にも落ち、武蔵野大学文学部の日本文学文化学科に入学した。
「文系の大学はまったく候補になかったんですけどね」と話し、「1年生のころは仮面浪人の道も考えました」と続ける表情は、けれども決して暗くない。2024年3月に卒業したばかりの長田千弘さんは胸を張る。
「結局、武蔵野大学に入ってよかったと思っています。何より経験のポートフォリオが充実したものになりました。『人の心を動かす』という体験がいくつもできたのは大きかったと感じています」
高校を卒業するころ「消費者コンプレックス」を抱えていた。自分では何も表現できず、作品も生み出せず、目の前にある映像などの制作物をただただ食いつぶす。そんな受動的な日々に嫌気がさしていた。そこに志望校の全落ちによる「どん底」が重なり、「自分を変えなければ」と一念発起する。自分を押しつぶしてくる絶望感を拭い去るように推していたVチューバーを紹介する動画を独学でつくると、再生回数が跳ねた。武蔵野大学に通いながら動画編集という武器を磨き、つくることの楽しさを知ると、どん底から這い上がっていくような感覚があった。
「まったく候補になかった」文学部の学びから得るものも多かった。武蔵野大学の日本文学文化学科では通常の講義でもゼミでも小説やエッセイを書き、表現する醍醐味を実感した。言葉で表されたものに、長きにわたり読み続けられる作品があるのはなぜなのかを学ぶこともできた。長田さんは説明する。
「たとえば宮沢賢治や太宰治の創作物は100年近くたっても読まれている。時代が変化しても長く読まれる作品には、どこかしら誰もが共感できるような普遍性があるんですよね。コンテンツの持続性には何が必要なのかを知ることができたのは、『消費者コンプレックス』を振り払ううえでも大きく役立ったと思います」
「武蔵野大学100周年に向けて」を特集したフリーペーパーを制作
特に「『人の心を動かす』という体験がいくつもできた」のは3年生になってからだ。2年生が終わるころ、フリーペーパーをつくる「日文特別ゼミIV」の存在を知った。趣味である動画の編集を通じて表現への意欲が高まっていた長田さんは迷わず手を挙げた。
「日文特別ゼミIV」の編集部は自身を含めて3名で構成された。制作はフリーペーパーのコンセプトを考えるところから始まった。一人につき企画案を10本考えてホワイトボードに書き出して意見を交換し合った。フリーペーパーが完成して一年後の2024年に大学が創立から100周年を迎えることから、特集は「武蔵野大学100周年に向けて」に決まった。長田さんは明かす。
「100年の歴史を意識して、タイトルは『1+99』としました。全48ページのフリーペーパーで、一年をかけて3人で取材、執筆、レイアウトのデザインなど、雑誌づくりのひと通りの経験をすることができました。私自身は武蔵野大学の過去の学内新聞を読み込んで、当時の学食ランキングつくったり、年表をまとめたりしました。それから、武蔵野大学以外の『武蔵野地域五大学』ではどんな大学生活が送られているかも取り上げました。完成したフリーペーパーを三鷹と吉祥寺の古本屋にも置いてもらえたのはうれしかったです」
ゼロからイチを生み出した感動は忘れ難く、4年次には発展フィールド・スタディーズ(以下、発展FS)の講義を受講する。大学の外に飛び出して学びを深めるプログラムで、長田さんの発展FSは秋田県鹿角市が舞台となった。4月から5カ月ほど鹿角市について深掘りし、9月に現地の燻製専門店「燻製屋 猫松」で10日間のインターンシップを経験。オリーブオイルや玉ねぎ、高野豆腐なども試しながら、市長や店主、市民の方たちに向けてプレゼンテーションを行い、最終的にラムレーズンの燻製が採用された。
2024年3月18日に販売を開始した「燻りラムレーズン」は今でも秋田県内の道の駅や温泉などに並ぶ。燻製屋 猫松のホームページからオンラインで購入することもできる。「ささいではありますが世の中に形として残るものをつくれたのはうれしかったです」と、長田さんはほほ笑む。
「自分たちが手がけたものに価値がついて、誰かが購入するという行動を起こして、喜んでくれる。行動につながる商品をつくることができたのは貴重な経験でした」
4年次には動画付きラジオ番組「イドバタコウギ」の制作や運営にも関わる
4年次には動画付きインターネットラジオ番組「イドバタコウギ」の制作や運営にも携わっている。「イドバタコウギ」は武蔵野大学発のメディアで、先に4人の同級生が立ち上げていた。「ゆるくアカデミックに」というコンセプトのもと、武蔵野大学教授陣との会話を通じて新たな学びを得ていく。長田さんが振り返る。
「できるだけ多く視聴してもらうため、主に全体の戦略の企画を担当しました。ショート動画の内容を提案したり、編集したり、『サムネイルはこうしたほうがいいよ』とはたらきかけたり。それから、番組が長く続くことが大切だと思っていたので、後輩の育成にも力を入れました。週1回、夜10時ごろから編集講座を開いて、後輩たちに教えていましたね。今ではその後輩たちが番組を切り盛りしているので、頼もしいです」
映像関連で言うと、3年生が終わるころから始めたインターンシップの経験も大きい。国内最大級のソーシャル経済メディア「NewsPicks(ニューズピックス)」上で配信する動画や生配信の制作に携わった。「ライブ配信のオペレーターをやったり、スイッチングをしたりしていました。カメラマンもやりましたし、現場で学べることはほとんど学びました」と話す。動画にはスポンサーがつくケースも多いが、ターゲットに対して魅力的なコンテンツをつくることがブランディングにつながることを知った。企業が抱える課題を解決することがお金を回すというビジネスの鉄則を学ぶこともできた。
卒業後は、そのまま「NewsPicks」の番組や生配信を手がける株式会社NewsPicks Studiosに入社した。現在はビジネスパーソンに向けた総合動画学習の「NewsPicks Learning」などの制作に携わる。「NewsPicks Learning」の動画は月額料金を支払うユーザーのみが視聴できるが、だからこそやりがいがあるという。
「お金を払っている方たちは、ほとんどが『自分を変えたい』とか『いろんなことを学びたい』と思っているはずで、行動変容を促す可能性の高いコンテンツをつくっていく過程には大きな充実感を感じます。武蔵野大学で出合えた『人の心を動かす』ということ。これからも追求していきたいです」
※記事中の肩書きは取材当時のものです。また、学校名は卒業当時の名称です。
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