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夢はまた上書きされて|矢作菜月さん

文=菅野浩二(ナウヒア) 写真=本人提供、鷹羽康博

矢作菜月(やはぎ・なつき)さん|武蔵野大学大学院 言語文化研究科 言語文化専攻[博士後期課程]

埼玉県川口市出身。大宮開成高等学校で学んだあと、2022年3月に武蔵野大学のグローバル学部グローバルコミュニケーション学科を卒業。4年次には2021年度武蔵野大学学長杯第6回英語スピーチコンテストで、アメリカのオクラホマ州での留学経験をもとにした発表で優秀賞を受賞。2022年4月に武蔵野大学大学院の言語文化研究科に進学し、外国にルーツをもつ子どもやその子どもを支える教員に関する研究で2024年3月に修士号を取得した。現在は同研究科の言語文化専攻[博士後期課程]で学ぶ。武蔵野大学同窓会むらさき会のグローバルコミュニケーション学科支部会支部長を務める。

「『自分だけアジア人なんだ……』と、そわそわした気持ちになりました」

どういうわけか、圧倒されてしまった。そのとき感じた心のざらつきは、今でも忘れられない。

武蔵野大学グローバル学部グローバルコミュニケーション学科の2年次、「全員留学」の制度を利用して約半年間アメリカのオクラホマ州に留学した際の出来事だ。まだ二十代と若い夫婦がホストファミリーとして受け入れてくれた。矢作菜月さんは振り返る。

「あるとき、ホストマザーが実家に誘ってくれたんです。ゲートが広くて、建物がいくつもあってプールもある家で、要は富裕層の家庭だったんですね。ホストマザーの親戚たちも集まって、長いテーブルを囲んで食事をしたんですが、私以外の10人ほどはみんな裕福そうな白人ばかり。皆さん、話しかけてくださって楽しい時間を過ごすことができたんですけど、『自分だけアジア人なんだ……』と、そわそわした気持ちになりました」

オクラホマでは差別を受けたわけでも、ネガティブな経験をしたわけでもない。けれども、州のおよそ63%の居住者が白人という環境で、「自分はマイノリティーなんだ」という事実を強烈に突きつけられた。「そこが私の研究の原点です」と力強く話す。

現在は武蔵野大学大学院言語文化研究科の言語文化専攻[博士後期課程]に在籍し、特に学校組織や地域連携の在り方の研究に励む。外国にルーツをもつ子どもたちは多かれ少なかれ日本の学校で、自分がオクラホマの食卓で感じたような心のざらつきを味わっている。異文化コミュニケーションという観点から、どこか落ち着かない心持ちを少しでも減らしてあげたい。

思えば、自分が小さなころからそばにはマイノリティーならではの落ち着かなさを感じている人がいた。矢作さんが説明する。

「小学校にも中学校にも1人か2人は外国にルーツのある同級生がいました。そういう子どもたちは、大学の『留学生』という立場の学生とはまた別なんですよね。留学生は明確な目的があるので自国外で生活する際のモチベーションも高いですが、親の仕事の関係などで日本に来た子どもたちは自分の意思で日本にいるわけではありません。なので、どこか鬱屈とした部分がある。私は、そこをいかに教育のシステムで支えていけるかを研究しています」

学科に留学生が多く、「国内留学」で英語力が伸ばせるとも考えた

そもそも、武蔵野大学グローバルコミュニケーション学科を選んだのは、英語に興味があったし、海外にも留学したかったからだ。小さいころに英会話教室に通い、高校時代にはオーストラリアで1週間のファームステイを体験した。なんとなく、いずれは海外に飛び出したいという思いがあった。

武蔵野大学グローバルコミュニケーション学科では「全員留学」の取り組みが目を引いた。学科に留学生が多いので、いわゆる「国内留学」で英語力が伸ばせるとも考えた。さらには、大学が設けているグローバル・リーダーシップ・プログラム(以下「GLP」)にも興味が湧いた。GLPは、高い語学力習得のための講座や海外体験、あるいは外資系企業との協働などを通して、国際舞台で活躍するためのスキルやマインドを育むプログラムだ。

入学前、魅力を感じていた教育環境はほとんど体験できた。すべて、ではないのは、在学時に新型コロナウイルスという未曾有の感染症が世界中に拡大していたからだ。矢作さんは言う。

「1年次にはGLPでカナダに1カ月ほど滞在し、2年次には全員留学の制度を使ってアメリカのオクラホマ州に留学しました。GLPでは3年次にインドに行く予定だったのですが、新型コロナの影響で行けませんでした。とはいえ、学部の4年間では英語力が伸びたと感じています。大学内でも中国や韓国、バングラデシュやインド、それからドイツなどさまざまな国から来た留学生と接することができたからです」

2年次で留学したオクラホマではアフリカ系留学生やヒスパニック系留学生とも交流した。多種多様なバックグラウンドをもつ人たちとつながるなかで、視野の広さも身についた。正解は一つではない。物事の見方は一つとは限らない。多様な考えを受け入れられるようになったのは、武蔵野大学グローバルコミュニケーション学科で学んだからこその産物だ。

オクラホマ州で過ごした半年間で抱いた「アジア人の自分はマイノリティーなんだ」いう感覚、とりわけ映画で見るような豪邸の長いダイニングテーブルでぽつんと感じた心のざらつきがずっと取れなかった。この出来事は人生の大きな転機となる。やがて海外で働きたいというぼんやりとした思いは、海を渡ってやってきた日本で身の置き場のないような日々を送る子どもたちに手を貸したいという明確な夢に上書きされた。

「先生方が見えていない課題を言語化して伝えていくのが、自分の研究です」

3年次の後半からは就職活動に臨んだ。4年次の4月ごろにはある企業から内定をもらったけれど、心に何か引っかかりがあった。実のところ、大学入学時から修士号を取りたい気持ちを漠然ともっていて、オクラホマでの経験が大学院に進んで何を学ぶべきかを明白にしてくれていた。矢作さんはしっかりとした眼差しでこう語る。

「人生は一度きり。やりたいことは若いうちにできるだけ早くやって人生を歩みたいと思い、大学院に進学することに決めました。私の住む街は外国から来た人が多いですし、外国にルーツをもつ子どもたちを手助けする研究をしたいと思ったんです」

修士論文は、外国にルーツのある子どもを受け持つ担任の先生がどのような葛藤や不安を抱いているのかをテーマに、取材を重ねてまとめ上げた。東京都内の教師に話を聴き、論文を書き進めていくなかで、先生たちにはなかなか見えていない課題があると気づいたという。

現在は認定NPO法人メタノイアという団体の一員として外国人の子どもたちの学習支援を行う 現在は認定NPO法人メタノイアという団体の一員として外国人の子どもたちの学習支援を行う

たとえば日常で使う「生活言語」と授業で用いる「学習言語」は異なるという点だ。外国人児童生徒が普段の日本語を流暢に話せるようになったからといって、学習面の言葉を理解できているとは限らない。生活言語のレベルだけを見てフォローを怠ると、勉強面で後れをとる可能性がある。その危うさが教育の現場ではあまり認識されていない。

「先生方が見えていない課題を言語化して伝えていくのが、自分の研究です」と話す矢作さんは現在、言語文化専攻[博士後期課程]で学ぶかたわら、認定NPO法人メタノイアという団体の一員として外国人の子どもたちの学習支援を行っている。「もっと現場を知ることに重きを置きたい」と考えたからだ。矢作さんは、また上書きされた夢を明かす。

  • 外国にルーツをもつ子どもやその子どもを支える教員に関する研究に励む

    外国にルーツをもつ子どもやその子どもを支える教員に関する研究に励む

  • 「先生方が見えていない課題を言語化して伝えていくのが、自分の研究です」

    「先生方が見えていない課題を言語化して伝えていくのが、自分の研究です」

  • 修士課程修了時に撮影した写真。修士論文の研究先を紹介してくれた櫻井千佳子先生(左端)と、修士課程から現在も指導教授を務めてくれる島田徳子先生と(右端)

    修士課程修了時に撮影した写真。修士論文の研究先を紹介してくれた櫻井千佳子先生(左端)と、修士課程から現在も指導教授を務めてくれる島田徳子先生と(右端)

  • 武蔵野大学名誉教授の古家聡先生(左)には、グローバルコミュニケーション学科時代にお世話になった

    武蔵野大学名誉教授の古家聡先生(左)には、グローバルコミュニケーション学科時代にお世話になった

「最終的には、学校のシステムや教育のシステムに影響を与えられるような大きな場所で働きたいと考えています。そのためには私の指導教授の島田徳子先生のように社会にインパクトを与える論文を書く必要がありますし、武蔵野大学の教壇に立って外国にルーツをもつ子どもたちに対する教育のあり方について伝えていきたいという思いもあります。私自身の発信に説得力を持たせるうえでも、もっと教育現場を知る必要があると感じているので、小学校教諭免許状を取得して自分が外国人の子たちと向き合う将来も思い描いています」

※記事中の肩書きは取材当時のものです。また、学校名は卒業当時の名称です。

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