同窓会組織・支部・会員のみなさんにお話を伺いました。
佐々木 美世さん|むらさき会会員
1963年3月武蔵野女子学院短期大学家政科卒業(1962年度)後、1年間雪香寮で勤務。幼稚園教諭を経て国立久里浜養護学校で重度重複障害児の教育に30年間携わる。2009年から3期9年むらさき会常任委員を務めた。
どのようなお仕事をされていますか?
国立久里浜養護学校は1973年に日本で初の重度重複障害児を対象とする学校として開校しました。これまで、就学猶予されてきた子供たちの24時間指導体制の元、指導を行うという日本で初めての学校でした。教員にとっても指導の方法や技術等は日々の実践から体得していくという言わば研修の場でもあったのです。
子供たちは4時間教室、20時間寄宿舎で学びました。24時間、週7日の教員、舎監の勤務表(シフト)を作成するのに大変苦労しました。試練の連続の中で、子供たちの全てを受け入れ子供たちから学び信頼関係を築く努力をしました。人と人との繋がりには手段や方法はいらない…想い…深い深い想いがなければならないと子供たちが教えてくれました。
子供たちが無事卒業し、新しい世界で豊かに生きてほしいという一心で定年まで30年間働き続けました。
学校生活では、どんな思い出がありますか。
鷹谷俊之先生と祖父がとても親しかった関係で姉が武蔵野女子学院短期大学に進学し、私も続いて1961年に入学しました。初めての寮生活は不安でしたが、楽しい経験となりました。一部屋に5人。2年生が1人、1年生が4人でした。その中の一人、宮城県出身の同級生とは今でも家族ぐるみでお付き合いしています。
その当時の寮の門限は早く、確か午後6時位と記憶しています。門限に少しでも遅れて玄関に入ると寮長の市山先生が睨みを利かせて待っていました。市山先生も大変だったと思います。
学校生活での思い出の場所を教えてください。
卒業後は寮に残り1年間勤務しました。平日は門限が早かったので出かけることはあまりありませんでしたが、お休みの日は、吉祥寺のジャズ喫茶にひとりで行きジャズを聞いていました。
遠いむかしの懐かしい思い出です。
ご当地自慢は何ですか?
富山県出身の神奈川県在住です。
富山県では季節と季節の食べ物(野菜や魚)があるところが好きです。雪が降り始めると雪の季節としての安定感があり、春の訪れとともに雪が少しずつ解けて、小川のせせらぎが聞こえ、空の色や風も変化する、そのような季節ごとの変化に喜びを感じました。富山に帰ってお刺身が食べたいと思うことがあります。
神奈川県は富山県のような季節や食べ物の変化は感じられないのですが、住み慣れると1年を通して温暖(富山県のような寒さがない)で、太平洋の広い海が見られ住みやすいところだと思います。
ライフワークを教えてください。
ベランダで自然を感じるのがとても幸せです。水平線からの太陽の昇降、まぢかに感じられる月の満ち欠け、星の輝き、流れる雲、風、遠くの富士山、沖の船、汽笛。日々、季節、天候で変わる自然の様子を眺め感じるのを大変楽しみにしています。
同窓生に向けたメッセージをお願いします。
宇宙(森羅万象)に目を向け、いろいろなものを見て、感じ、体験し、広く深い人生を楽しんでください。
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